the light of stardust



両腕に抱えた荷物をそのままに、ガイは声を上げる。
「旦那ー、開けてくれー」
程なくして、ガイの前でガチャリと扉が開かれる。
「……これはまた、凄い量ですね」
開かれた扉の向こうから、飽きれた様なジェイドの声が聞こえた。
ような、と付けるのは、ジェイドの顔がガイには見えないからである。
ガイが両手に抱えている荷物の高さは、ガイの頭を超えるほどになっていた。
「通り道は確保してありますが、足元には気をつけて」
「ああ」
ジェイドが道を空けてくれた事を察して、ガイは前へ進む。
扉の中に入ると、背中からもう一度、ガチャリという音が聞こえた。ジェイドが扉を閉めてくれたらしい。
「持ちましょう」
すっと、ガイの視界に、ジェイドの顔が現れた。ガイが抱えていた荷物の、上半分を持ってくれたらしい。
「ありがとう、助かるよ」
ガイが礼を述べれば、やれやれ、とジェイドはぼやいた。
「これだけの荷物になるまえに、どうして陛下は片付けようとしないんでしょうかね」
受け取った荷物を、ジェイドは部屋の中央にある、小さなテーブルの上に置いた。
「私の部屋から持っていったものだけでこれだけの量になるとは、全部でどれだけのものを散らかしていたのやら」
「まあ、とりあえずアンタの部屋に持ってくるのはこれで終わりだよ」
ジェイドが置いた場所の隣に、ガイも残りの荷物を置く。
テーブルの上には、既に幾つかの荷物の山が置いてあった。
それらは全て、現マルクト皇帝の部屋から運び出されたものであった。
「こちらから陛下の元に持っていくものも、もうないようですね」
ジェイドの言葉に、ガイは辺りを見回した。
彼がいるのは、マルクト軍基地本部内の、ジェイドの執務室である。
ピオニー陛下の親友である男の部屋には、先程まで、ピオニーの私物がいくつも置いてあった。それを、全てピオニーの私室まで運び、片付け、更にピオニーが勝手に持ってきたと思われるジェイドの私物を、執務室まで持ち帰ってきたのはガイである。メイド長の、時々大掛かりな片付けをしないと人が入れなくなる、という溜息混じりの言葉は、あながち嘘ではないらしい。
全ての荷物を運び終えるまでに、ガイは執務室とピオニーの私室を、五回ぐらいは往復していた。
「……ああ、この本、陛下のところにあったんですね」
随分前から探していたのに、と呟いて、ジェイドは荷物の山から抜き出した本を、埃を払って本棚にしまった。
「そういうの、沢山あるんじゃないか?」
「でしょうね」
テーブルの傍に、ガイは腰を下ろした。
山と積みあがった荷物を整理しようと、ガイはテーブルを覗き込む。
「ガイ、それは?」
「ん?」
ジェイドが示す方向に、ガイは目を向ける。
「ああ、これもアンタのだと思ったんだけど、違ったかな?」
そう呟いて、ガイはそれを手にとる。
それは、人の頭ぐらいの大きさをした球体に、支えとなるような脚がついたものだった。
「それは陛下の私物ですよ」
へえ、とガイが驚いた様子を見せる。
「天球儀っぽかったから、てっきりアンタのものかと」
ガイの言う通り、球体には星を思わせるような、小さな点が幾つもついていた。
しかもその並びは、夜空に浮かぶ星ととてもよく似ていた。
「貸してもらえますか?」
手を伸ばしてきたジェイドに、ガイは球体を手渡した。
「ガイ、明かりを消して」
執務用の机に球体を置くと、ジェイドはガイに言った。
「どうするんだ?」
尋ねつつも、ガイは部屋の明かりを消した。
執務室が、暗い闇に包まれる。
カチ、という小さな音が、ガイの鼓膜を揺らした。
何だろうとガイが思っていると、ジェイドの手元が、柔らかな光に包まれた。
「……うわ」
次の瞬間、ガイは息を呑んだ。
真っ暗な執務室の天井に、星空が広がっていた。
「これは、ケテルブルクの空を映すために作られた音機関なんですよ」
「凄いな……」
感嘆の言葉が、ガイの口から漏れた。
目の前に広がるものは、星空にしては随分と狭かったが、きらきらと光る星屑は、とても美しいものであった。
「陛下がケテルブルクを離れる時に、作らせたものです」
「……そうか」
ガイは少しだけ胸が詰まるような思いがした。
マルクトの皇帝となってしまったピオニーは、今ではケテルブルクの夜空を見に行く事だって、そう簡単には出来ないのだ。
幾千数多と輝く、イミテーションの星々を、ピオニーはどのような思いで見つめたのだろう。
「もっとも、今の夜空とは幾らか違いますがね」
「何で……あ」
問おうとして、ガイはすぐに気がついた。
外殻から魔界へと大地を降下させた影響で、星空の見え方が変わってしまったのだ。
「じゃあ、もうこの空は、ケテルブルクにはないんだな」
「ええ」
何でもないようなジェイドの顔を、ガイはそっと伺い見た。
けれど、星屑の明かりしかない暗闇の中では、ジェイドの表情はまるで読み取れなかった。
この男もまた、子供の時分に、この星空を眺めていたのだろうか。
今はない、故郷の星空を。
「……ジェイド」
ガイはそっと、声を掛けた。
「いつか、暇が出来たらさ」
狭い星空を見上げながら、ガイは呟く。
「一緒に、今のケテルブルクの星空を見に行かないか?」
ジェイドが振り向く気配がした。
ガイの故郷であるホドは、とうの昔に瘴気の海へと沈んでしまった。
どれだけ望もうとも、故郷の星空は、二度と見ることが出来ない。
だからこそ、ガイはケテルブルクを選んだ。
自らの一番大切な相手が、どのような気持ちで夜空を見上げていたのか、そして今、どのような気持ちで夜空を見上げるのか。 ただそれだけを知るために。
「良いですね」
耳に届いたジェイドの言葉が、心の底から賛同しているものだと気付いて、ガイは微笑みを浮かべた。
「見てきたら、陛下の為に、今のケテルブルクの空で映写機を作るのも良いかもな」
「ネフリーが見ている空です、と言えば泣いて喜ぶでしょうね」
「……そうか?」
ええ、とジェイドが呟く。
「この映写機だって、ネフリーと一緒に見た夜空を忘れたくない、と言って陛下が作らせたものですから」
「……陛下、実はロマンチストなんだな」
感心してるとも呆れているともいえない声でガイが言えば、ジェイドが小さく笑った。
「貴方も、でしょう?」
どうやらガイの思惑にジェイドは気付いているらしい。
ガイは小さく肩を竦めた。
「まあ、な」
目の前では、この世には存在しない星空が瞬いていた。





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